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2015.02.28 (Sat)

宇野功芳対話集 演奏の本質


「宇野功芳対話集 演奏の本質」
音楽之友社 ONTOMO MOOK
2015年発行

「演奏の本質」とは大仰なタイトルではありますが、
読んでみたら想像してた何倍も意義深いムックでした。

音楽評論家の宇野功芳氏が作曲家、演奏家等10人を相手に
対談したり往復書簡をかわしたりした内容をまとめたものです。

まず作曲家で宇野氏の親友である佐藤眞氏との対談。
ホロヴィッツやトスカニーニに関するお話が主ですが、
興味深い解釈や感想が溢れ、この項だけで一冊作ってほしいくらい。
佐藤眞氏の発言が名言の嵐です。
「音楽を聴くことは自分を聴くこと。他人と共通のものはない」
「指揮者が本気で「譜面通りやる」なんて考えていたら、そんなの聴く必要ない」
「(宇野氏に対して)君は音楽を物語にしてしまうんだ」
「音楽というのは精神状態が表れていればいいんだ」
など。
劈頭にして白眉。
30頁弱の対談だけど、物凄く面白いです。

次は指揮者の上岡敏之氏。
宇野氏が最近かなり高く評価している方。
指揮者の音楽の作り方や悩みが覗けて興味深いです。

ヴァイオリ二ストの佐藤慶子さんは宇野氏が新星日本交響楽団を振って
オーケストラ・コンサートを行っていた頃、コンサートミストレスだった方。
あの頃は私もほとんど聴きに行きました。
彼女から見た指揮者たちの感想が言いたい放題でめちゃめちゃ面白い。

韓国のHJリムさんは若手ピアニストとして躍進中。
やはり宇野氏が絶賛しているピアニスト。
彼女の曲に対する深い考察が素晴らしい。
このムックは白黒ながら写真も多く載っており楽しいのですが、
彼女のウインク写真?が素敵。

ピアニストの遠山慶子さんとの対談では彼女のパリでの生活、
師匠であるコルトーのこと、同じコルトーのお弟子さん仲間であるハスキル、
フランソワ、ハイドシェックのこと、などなど興味深いお話が読めます。

批評家・指揮者の野口剛夫氏とはクールに音楽界の問題点が話し合われています。

指揮者・音楽学者の金子建志氏とは音楽雑誌でのCDの評価がかなり食い違うとのことで、
実際の月評をいくつか再録した上でおふたりの考え方、
評価法の違いを語り合っています。

往復書簡はドイツ文学者の喜多尾道冬氏、ピアニストのみどり・オルトナーさん、
宇野氏イチオシ若手ヴァイオリニストの佐藤久成氏がお相手。
なかなかむつかしい内容について手紙のやりとりをしてます。
そのためか往復書簡分の頁数多いです。

正直往復書簡分に関しては、悪いとはいいませんが、
やはり対談の方がライヴ感があり楽しいです。
個人的には往復書簡のかわりに対談部分を増やして欲しかったなと思います。

現在、本は製作費がかかるわりに売れ行きが悪いので、
どうしても値段が高くなってしまうのですが、このムックも1800円(本体価格)します。
まあ、ムックにしては片手でめくり読みしにくいくらい分厚いので、
そんなに割高感はないと思うのですが、内容が充実しているので、
個人的にはむしろお得感があると感じました。
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2014.02.08 (Sat)

ウルトラセブンが「音楽」を教えてくれた


「ウルトラセブンが「音楽」を教えてくれた」
青山通著
アルテスパブリッシング
2013年発行

昨年4月に発売されたけどその頃は気にとめず、
こないだ新聞で紹介されてるのを読んだら、興味が沸き起こって買った本。

わかりやすい文章のうえ行間が空いているので、読み終えるのに時間がかからない。
しかし、その内容はすごい。

著者が7歳のころ、「ウルトラセブン」の放送が始まり、
彼はその奥の深い内容に夢中になった。
著者に限らず、もちろんわたしも含め、娯楽の少ないあの時代の少年は
たいがいそうだったのではなかろうか。

そして著者は最終回に劇的に使われたクラシック音楽に深い感銘を受ける。
そう、ダンがアンヌに自分の正体を告げるところから始まるあの音楽である。
セブンの劇伴は冬木透氏の作曲だが、長いエピソード中、
いくつかはクラシック音楽が部分的に使われており、
最終回のその曲はシューマンのピアノ協奏曲である。

今みたくインターネットのない時代、著者はその曲が気になりながら、
何の曲かわからない。
ある時著者のお母さんの見ていた音楽番組で同じ曲が流れ、
彼はそこで初めてその曲がシューマンのピアノ協奏曲だと知る。

早速その曲のレコードを買ってもらうのだが、ここからがすごい。
そのレコードはルービンシュタインの弾いたものだったが、
それを聴いた著者はすぐにあのセブンの演奏と違うことがわかるのである。
再放送のたびに見て、あげくは最終回のみカセットテープに録り、
メロディがすべて頭の中に入っていたかららしいが、
わたしの少年時代なら到底無理だったろう。

やがて彼は今度はケンプの弾いたレコードを手に入れる。
しかしこれもセブンのとは違っていた。
そこで彼は考えるのだ。
ウルトラセブンの放送は1968年だからそれより後の録音はありえないと。
これ、当たり前のことのようだが、子供時代の自分を思い出すと、
こういう発想は出来なかったと思う。

そして古い演奏に対象を絞った彼は中学2年生のころ、
リパッティの弾いたレコードを聴く。
指揮はアンセルメ。
聴いてセブンでの演奏にかなり近いと感じたらしい。
そして最後にとうとう目的の音源、リパッティはリパッティでも
カラヤンが指揮した方のレコードにたどり着くのである(ちなみにこのレコードは
昨年惜しくも閉店したムトウで購入したらしい)。

何がすごいって、たった4枚で探り当てた高確率がすごい。
ちなみにわたしがこのセブン最終回の演奏がリパッティのものだと知ったのなんて、
彼よりももっとずっと大きくなってからで、大学か成人になってからである。
しかも情報によってであって、彼のように自力で探り当てたのではない。

話はそれるが、わたしにも曲探しの経験がいくつかある。
あるときドラマでブラームスの曲が流れていたが、曲名がわからない
(なぜブラームスとわかったかといえば登場人物がそう云っていたからである)。
オーケストラ曲なのはわかったので、ブラームスの交響曲や管弦楽曲を
片っ端からレコードで聴いていった。結局、長い捜索期間に元のメロディがわからなくなってしまい、
この曲探しは永遠の謎となってしまった。

もうひとつは映画の「カリギュラ」である。
この映画のタイトルバックのテーマ曲が面白い曲だったので興味を持って、
何の曲か探したことがある。

曲の雰囲気と映画のクレジットにプロコフィエフの名前が入ってたことから、
彼の交響曲(なんと7曲もあった)を全部聴いたが違う。
次に管弦楽曲を聴いていって、ある時点で「ロミオとジュリエット」の中の
「モンターギュー家とキャピュレット家」だと判明した。

いずれもかなりの時間とレコード代がかかっているのだが、
青山氏がたった4枚のレコードでリパッティにたどり着いたのはラッキーだと思う。
氏の情熱に音楽の神が味方したのではないだろうか。

青山氏の本に話を戻す。
この本はセブン最終回のシューマンのピアノ協奏曲が流れるドラマシークエンスを
要所要所に譜例を用い説明しているが、
音符の部分にドラマのセリフまで書き込むという周到ぶり。
さらに音楽担当の冬木透氏へのインタビューまで掲載し、内容を濃くしている。

最終回の監督がラフマニノフ(本当はグリーグのつもりだったらしい)の音楽を
冬木氏に依頼したが、冬木氏はラフマニノフはちょっと違うと考え
シューマンを選択した話は興味深い。

とにもかくにも青山氏はシューマンのピアノ協奏曲の演奏家探しを通じて
クラシック音楽が演奏家によってずいぶんと表現が違うことを知るのである。

演奏家探し以外のお話としては「ウルトラセブン」で音楽が印象的に使われている
エピソードをいくつか解説している。

また他の演奏家によるシューマンのピアノ協奏曲もいくつか紹介しているが、
評論家なら絶対しないような構成が面白い。
リパッティと同じルーマニアのピアニスト、ハスキルの弾いた3種類の盤。
アルゲリッチの弾いた、指揮者違い5種類の盤。
アバドの指揮したピアニスト違い4種類の盤。
リパッティ盤と同じカラヤンが指揮したギーゼキングの盤。
そしてやはりカラヤン指揮ツィマーマンの盤。
簡単ではあるが、それぞれの演奏の違いが記されている。

本書は「ウルトラセブン」の魅力とともにクラシック音楽を聴く楽しみのひとつ、
同曲異演奏を聴き比べる面白さを説いており、
著者自分史のようで啓蒙書でもあるのだ。

なお、本書とタイアップしたCDも発売された
(「ウルトラセブン・クラシック」キングレコード)。



あとびっくりしたのが、本書に挟まっていたしおりである。
ウルトラ警備隊のマークが入っているのだ。
しおりなど普通余ってるのは捨ててしまうのだが、これはとても捨てられない。

というわけで、本書ではセブンとリパッティに関する「情熱」と「執念」が
述べられているが、読んで感じるのは両者に対する「愛」である。

ウルトラセブンが「音楽」を教えてくれた…後、
著者は高校でオーケストラに入りクラリネットを吹き、大学卒業後は音楽之友社に入社、
その後出版社や調査会社で音楽・学習分野の編集・記者・マーケティングといった
業務に携わっているらしい。
ウルトラセブンに音楽を教わった彼はやがて自分でも音楽を演奏し、
ついには音楽関係の仕事に就くまでになっていった。

以前、ラフマニノフの第2ピアノ協奏曲に関するマニアック本について書いたときにも
似たような言葉で締めたが、本当に今は評論家よりもマニアとオタクが面白い。
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2013.07.06 (Sat)

ベートーヴェン 不滅の音楽を聴く


「ベートーヴェン 不滅の音楽を聴く」
宇野功芳著
ブックマン社
2013年発行

この本を本屋さんで見かけて最初に思ったのは、
昔出た「僕の選んだベートーヴェンの名盤」(音楽之友社、1982年発行)の
増補改訂版なのかな、ということであった。



ところがよく見たら新たに書き下ろされたとのこと。
最近の宇野氏の本は、ご高齢のため語りを文章にしたものや対談が元になったもの
ばかりだったが、今回書き下ろしを決意されたのは氏のベートーヴェンに対する
なみなみならぬ熱意があらわれているといえよう。
実際あとがきを読むと、若い頃はモーツァルトとブルックナーに傾倒したが、
今はベートーヴェンが一番好きだと書かれている。

この本はベートーヴェンの作品の中から宇野氏の好きな37曲につき、
推薦CDを選んでいるわけで、基本的なコンセプトは前作と変わらない。
ただし前作が演奏論に終始していたのに対し、
今回は各曲のあたまにその曲への氏の想いがエッセイ風に綴られている。
また曲の選び方も、氏の好みにより、有名曲は概ねリストアップされた前作と比べ
かなり狭く絞られている。

たとえば交響曲は1番が抜けているし、
ピアノ協奏曲では3番があまりお好きではないとのことで省かれている。
ピアノソナタでは、一般的には有名な8番の「悲愴」も
ひとによっては最も重要かもしれない30~32番もカット。
かわりに「エリーゼのために」が新たに登場したが、
これは氏が好きではない曲にも関わらず、
単にアリス=紗良・オットによる名演を聴いたからという理由。
アリス=紗良・オットのCDが載せられているが、
CDの出来は実演と比べるとよくないらしい。
あくまで記録として載せたとのこと。

以上のように、この本はお買い物ガイド的に使うには不適当で、
あくまで宇野功芳を読むための本である。
極めつけは宇野氏がこのところ大絶賛の若手ヴァイオリニスト、
佐藤久成氏が宇野氏が指揮したベートーヴェンのCDを何枚か聴いた感想までが
ボーナストラックよろしく収録されているのである。

さて名盤セレクトに関して前作と比べて気づいた点を挙げると、
ピアノコンチェルトではプレトニョフの
個性的演奏をかなり買っている様子。
またピアノソナタでは新進気鋭の韓国の女流ピアニスト、
HJリムが最近のお気に入りのようである。
前作より演奏家が網羅されていないのはご高齢のせいかもしれないがちょっと残念。
そういう意味では前作の演奏家ラインナップは何とも壮観であった。
ヴァイオリンコンチェルトでは往年の名手の名がかなり姿を消したかわり、
チョン・キョンファのテンシュテットの棒で入れた録音を筆頭に、
若手のコパチンスカヤやヤンセンの名前が並ぶ。

さて、以前音楽評論とオーディオあるいは音質の問題について記事にしたことがあるが、
そのときも宇野氏の著作をちょこっと例にあげさせていただいた。



氏にはクラシック音楽と音質の問題につきオーディオ評論家の山之内正氏と対談した
「目指せ!耳の達人」(音楽之友社、2013年発行)という出るべくして出た
興味深いムック本もあるが、今回もまた音楽と音質の問題が垣間見える点興味深かった。

交響曲第3番「英雄」で、今回フルトヴェングラーのより落ち着いた演奏の52年盤を、
44年盤、いわゆる爆演として知られる“ウラニアのエロイカ”より上にしているが、
これは前作の順番と逆転している。
なぜかというと、現在では52年盤のEMI盤の方が44年盤のオーパス蔵盤より音質の純度が
高いからという(宇野氏がさまざまなリマスタ盤を聞き比べているらしいのは
驚くべきことである)。

音質によって音楽の評価が変わるなんておかしいと思われる向きもいるかもしれない。
しかしいかな名演とはいえ、たとえば何度もダビングを繰り返したような
か細い音では感動しえないであろうから、我々の感性にも当然影響すると思う。
しかしフルトヴェングラーみたいに素晴らしい数のリマスタ盤が存在する場合、
いちいち聴き比べるわけにもいかないのであるが。

その意味では音楽との出会いは実演だけではなく、
CD選びにおいても一期一会というべきであろうか。
09:15  |  Book(クラシック)  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2013.01.03 (Thu)

音楽評論とオーディオ環境

音楽評論やオーディオ評論その他の文筆業で知られる石原俊氏が、
かつて主筆の立場だった「クラシックジャーナル」という雑誌の創刊号(001)に
書かれた文章が興味深かったので、立ち読みして数年たった今でも覚えている。

石原氏は「クラシックCDガイド」という本を執筆したとき、
マーラーの交響曲第6番につき、当初マイケル・ティルソン・トーマス指揮のCDを
推薦盤として挙げたらしい。
ところが編集長から待ったがかかった。
ティルソン・トーマス盤は録音レベルがかなり低いらしい。
ダイナミックレンジを確保するための措置で、悪いわけではないのだが、
そのためによっぽどボリュームをあげないと良い演奏には聴こえない。
逆にボリュームコントロールをちゃんと行うとたいへん素晴らしい演奏に
聴こえるらしい。
編集長いわく、カーステやラジカセで聴く現代の音楽ファンは
ボリュームコントロールなんて面倒くさいことはしないから、
ティルソン・トーマス盤の演奏の素晴らしさはわからないはずだ。
石原氏はそれもそうだなと納得し、シャイー盤に書きかえたそうな。

これを読んだとき、考えてしまった。
昔と違い現代は音楽を聴く手段がたくさんある。
ハイエンドオーディオ、ミニコンポ、ラジカセ、イヤホンつけて歩きながら聴く
ウォーキングタイプの再生機、パソコン…
ボリュームコントロールはさておいても、音楽を聴く道具によって情報量も違うし
聴こえ方も違うだろう。
それによって演奏に対する評価も変わる可能性がある。
すると音楽評論とはなんだろう。
あとがきに自分が使用している機器を明記する評論家もいる。
このシステムで、このケーブルで聴いた評価だから、違う環境での聴こえ方には
責任もてないよ、というエクスキューズのようでもある。
しかしまた誰かと同じ機器やケーブルをあつらえたとしても、
同じ音や音楽が聴こえるとは限らないのである。
オーディオは、同じ機器を使っても、また万一同じ部屋環境であったとしても、
その人その人の好みによるチューニングで音は変わってくるもので、
例えば現実には存在するのがわかってても自宅でキンキンするピアノの音や
金属的なヴァイオリンの音色はわたしなら聴きたくない。
だから現実的でなくてよいから、まろやかで耳障りのよい
夢見心地になれるシステムを目指している。
そんなパーソナルな、ひとそれぞれの再生環境を対象にせねばならないかもしれない
現代の音楽評論の意義やあり方とはなんなのだろう。

ところで実はこういった音楽と試聴環境の問題は最近急に出来したのではない。



音楽評論家の宇野功芳氏の著作「僕の選んだベートーヴェンの名盤」は昭和57年
すなわち30年前の発行であるが、この本でベートーヴェンの交響曲第8番の名盤について、
宇野氏はワインガルトナー指揮ウィーン・フィルの録音をまず第一にあげている。
1936年の録音。
ただし「状態の良いSPを、良く調整された装置で聴いた場合」と書いており
SP原盤に対する評価である。
LPで復刻されたものは「SPに比べれば音質はかなり落ちる」ともある。
しかしこの本が書かれた30年前であってみてもSPをかけられる装置、
たとえば78回転できるプレーヤーは持っていたとしてもワインガルトナーのSP盤を
所有している音楽ファンはそういなかったのではなかろうかとも思う。
まぁもともと個人の音楽に対する感じ方はさまざまで、評論家のおすすめを聴いて
必ずしも幸せになれるわけではない。
しかしとりあえずビギナーであってみれば当初は専門家の推薦盤を
買ってみる人も多いだろう。
また今の時代では2ちゃんのおすすめスレを参考にするかもしれない。
それはそれでよいことだと思う。

ひとつの有効なやり方は自分の嗜好と合う評論家を見つけることである。
もちろん自分と100%合う評論家など存在しないので、70%くらい、いや50%でもよいので
同じ嗜好をもった評論家を見つけられればラッキーかもしれない。
ただ自分と音楽の趣味や考え方が合わない評論家を排除し、
付き合わないようにするのもどうかと思う。



また宇野功芳氏の著作物で恐縮だが(彼の著作はほぼ所有しているのである)、
彼は「モーツァルトとブルックナー」の中でモーツァルトの交響曲第40番の演奏において
ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団の録音をたいそうロマンティックだが
計算ずくで感動に結びつかない趣旨のことを書いている。
わたしは氏の文章を読んで興味をかき立てられ、セルのレコードを聴き、
今やクリップス盤や氏が大絶賛するワルター/ウィーン・フィル盤と並んで
40番の大好きな演奏である。

反面教師的な付き合い方というか、書き手の考え方や嗜好がわかってくれば、
この人が誉めるなら聴いてみよう、だけではなく、
逆にこの人がけなすのなら聴いてみようというアプローチもできうる。
自分の気に入らない評論家に対して、だから全く関わりを持たないというスタンスは
なんとももったいない。

ところで音楽評論とオーディオ装置の関係については…結局薬局よくわかりません(笑


僕の選んだベートーヴェンの名盤
宇野功芳著
音楽之友社刊
昭和57年発行

モーツァルトとブルックナー
宇野功芳著
星雲社刊
昭和48年発行
10:38  |  Book(クラシック)  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.12.23 (Thu)

佐藤泰一さんの本

むかしむかしあるとき、神保町の某音楽専門古書店でみつけた本、
「ショパン・ディスコロジー」。



約390頁ほどでなかなか分厚い単行本。

古本としての値段は忘れたけれど、お店でパラパラめくるやいなや、
これは買わねば! と思いました。

著者は佐藤泰一さんという方。
1938年旭川市生まれで東大工学部を卒業し、
新日本製鉄、富山県工業技術センターで勤務といった履歴は音楽とは関係ないようで、
どうも音楽の仕事に関してはディレッタントであられたようです
(間違ってたらごめんなさい)。

1988年に刊行された「ショパン・ディスコロジー」のあとがきには、
17,8年前にふとしたきっかけでショパンのレコードを集めるようになったと
書かれています。
また、「レコード集めの楽しみの大部分が、実はレコードをかけて鑑賞する時間よりも、
未聴盤を求めて当てもなく街を徘徊し思わぬ盤にめぐり会う瞬間とか、
購入したレコードを抱いて、ちょっぴり豊かな気持でつく家路にあることを
痛感したここ5年間であった」とありますが、
マニアなら誰しも理解できる心情ではないでしょうか。

さて、この「ショパン・ディスコロジー」、まず口絵が素晴らしいです。



8頁にわたり、佐藤さんの集めた
ほんの一部分のレコードジャケットが紹介されております。
こうやってみると、まるで展覧会の絵のようでありますね。

本文に関しては、ショパンのそれぞれの曲の説明のあとに、
どんな演奏家がどんな演奏をしているか書かれておりますが、
でてくる演奏家がマニアックで、普段聞かれない名前もいっぱい出てきます。

この本を初めて読んだ当時わたしが惹かれた箇所は、エチュード中の有名曲
「別れの曲」における南米ウルグアイ生まれの女流ディノラ・ヴァルシに関する記述です。

この曲は佐藤さんのお子さんたちの通った小学校の「下校の曲」だったらしいですが、
もしヴァルシの演奏が使われていたら、子供達は全速力で走って帰らなくてはいけない、
と書かれています。
ヴァルシの演奏は2分52秒、佐藤さんがこの本を書かれた時期で
最も速いと思われた演奏です。
対して最も遅かったエイドとは2分強違っていたそうです。
多分いまでも記録はやぶられていないのではなかろうか?

わたしはこれを読んだ後、幸運にもヴァルシの輸入盤CDを手に入れることができましたが、
たしかに速い。
速いんだけど、そっけないわけでもなく、詩情に溢れていて、
この女流の才能を感じさせました。
と同時に、遅いテンポ設定が必ずしもロマンティックに直結するとは限らないと
教えてくれた演奏でありました。
わたしの座右のCDの一枚です。

本の話にもどりますが、この「ショパン・ディスコロジー」、
本文が大層魅力的なのはもちろんですが、この本の白眉はある意味巻末につけられた
詳細なディスコグラフィーであります。



これを眺めるならば、えっ、こんなピアニストがこの曲を録音していたのか、
この知らないピアニスト、何者?といった驚きで、録音を探し出して
聴いてみたくなること請け合いであります。

さて。もちろん佐藤さんの興味はショパンの世界にとどまりません。



「ロシア・ピアニズムの系譜」はロシアのピアニストたちについて
詳細に記述された本です。

これ、後年「ロシアピアニズム」というタイトルで改訂版がでました
(ヤングトゥリープレス、2006年刊)。
大した違いはないだろうとスルーして買いませんでしたが、
以前いたサイトである方に教えていただいたのですが、
改訂版は巻末に詳細なレコードリストがついているとのこと。
悔しい思いをいたしました(笑



もう一冊、軽装版ではON BOOKSの「名曲名盤ショパン」がまた素敵な本です。

ショパンのそれぞれの曲について推薦盤をあげてますが、
一筋縄ではいかない選曲が魅力。

もちろんほかにも著書、訳書はありますが、わたしの所有するのはこの3冊です。

この魅力的なディレッタントである佐藤泰一さん。
これからも新たな著作を期待したいところですが、実は永遠にかないません。
昨年12月20日に永眠されたからです。
ご命日をずれてしまいましたが、ご冥福をお祈りいたします。

「ショパン・ディスコロジー」
音楽之友社
1988年発行
「ロシア・ピアニズムの系譜」
音楽之友社
1992年発行
「名曲名盤ショパン」
音楽之友社 ON BOOKS
1998年発行
09:46  |  Book(クラシック)  |  TB(0)  |  CM(3)  |  EDIT  |  Top↑

2010.09.23 (Thu)

マニアの時代


「ラフマニノフ 「ピアノ協奏曲第2番」にみる同曲異演の愉しみ」
門田純著
芸術現代社
2000年発行

画期的ともいえますし、時代が生んだともいえるでしょう。
今から10年前の2000年、ミレニアムの年にすばらしい本が誕生しました。

著者の門田さんは現在教師ですが、大学に入ったころに
ラフマニノフの第2ピアノ協奏曲に触れ、虜になってしまいました。

その結果同曲のCDを徹底的に買い漁り、ピアノまで習い始めたのでした。

この本は彼が大学を卒業するまでに聴いた、
あわせて114種類の録音とコンサートにおける生演奏の一枚一枚、
ひとつひとつについて細かく分析しております。

この本のはしがきに、とても素敵な表現がいくつかありましたので引用します。

○多くの録音を聴き比べるうちに、音楽批評家が名盤に選ばなかった演奏にも
自分の耳には心地良く残るものがあることに気が付き始めました。
○多種多様な録音を耳にするうちに、全体的には優れていなくても
部分的に素晴らしい演奏を繰り広げている録音や、名盤にこそ選ばれませんが
独自の光彩を放っている録音にも、もっと目を向ける必要があるのではないかと
思うようになりました。



わたしもこの曲は好きなので、かなり聴いてるつもりなのですが、
この本をひらくととてもとても。
足元にも及びません。
え、これなに? こんな演奏出てたの?
と驚かされ、そして啓蒙されます。

しかも彼はただ聴いているだけではなく、的確な分析力が見事です。
そしてその根底にあるのは、「この曲が好き」という純粋な情熱にほかなりません。

ですから、あくまで彼の主観によるものであることはもちろんですが、
優れていると思われる部分、ちょっとどうかなと思われる部分を明確に書きわけ、単純に切って捨てることはしません。



彼には酷評されてますが(笑)、わたしの大好きなヴェレッド盤の頁を、
見えないかもしれませんが、例にあげておきます。

とにかく大変な労作です。
たった一曲にここまで情熱を傾けることは評論家の先生方にはとうてい無理でしょう。

マニアの時代が来た、と思わせてくれる驚異の一冊です。
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